気になるあの子はキョンシーでした 肆

 昼下がりの校庭に鈍い音が響き渡る。音の発生源にいるのは灰原とキョンシーだ。先ほどの音は灰原がキョンシーに投げ飛ばされた音だった。少し離れたところでは七海が家入の治療を受けている。キョンシーは灰原を助け起こすと家入の元へと連れて行った。
「二人ともお疲れ。灰原、どっか痛むところは?」
「いえ、大丈夫です! 今回は呪力での防御が上手くできたんで、そんなに痛めずにすみました!」
「分かった。後からでも痛みが出るようなら必ず医務室に行くように」
「はい!」
「七海くん、大丈夫?」
「まだ少し眩暈はありますが大丈夫です。それよりも講評をお願いします」
 七海の返答に安心したキョンシーは表情を緩めた。
「二人とも呪力操作が各段に良くなってるよ。この調子ならすぐに昇格できると思う」
「七海、聞いた!? 昇格だって!」
「灰原、あくまでも昇格の可能性が高いというだけで、昇格が決まったわけじゃない」
 キョンシーは二人の会話を楽しそうに聞いていた。
 彼女は格闘訓練の授業が好きだった。彼女が呪術師になったばかりの頃は同世代の友人どころか兄弟弟子すらいなかった。死体となって高専で任務をこなすようになってからも誰かと会話を楽しむ機会などほとんどない。格闘訓練の授業は彼女の刺激になったし、コミュニケーションを楽しむ貴重な時間でもあった。
 それもこれも先日の五条との任務のお陰である。五条が彼女と砕けた口調で会話してるのを聞いて、夏油や家入、一年生の二人も彼女へ敬語を外すように要求したのだった。最初こそ戸惑った彼女だったが、格闘訓練の場では話す内容がある程度決まっている。そんな状況も手伝ってすぐに慣れていった。
「調子はどうだい?」
 背後から夏油がキョンシーの肩を、ぽん、と軽く叩く。キョンシーはオウムの鳴き声のような悲鳴を上げて飛び上がった。
「夏油くん、何度もお願いしてるけど、びっくりするからいきなり触らないで」
「ごめんごめん。毎回新鮮に驚いてくれるから、つい」
「『つい』じゃないよ。止まった心臓が動き出すかと思った」
「すごいな。心臓が動いたら硝子に論文にしてもらうといい。きっと学会にセンセーションを巻き起こせる」
 悪びれる様子もなく自分を揶揄う夏油に、キョンシーは恨めし気な視線を送る。
「次は私と組んでくれないかい? いつも通り、術式と道具の使用以外は何でもアリのルールで」
「構わないけど、私じゃ夏油くんの相手にならないんじゃないかな」
「悟もいないし自主練ばかりだと飽きてしまってね」
「一年生の個別の講評がまだだからその後でもいい?」
「じゃあ先に飲み物を買ってこようかな。硝子、何か買ってこようか? 一年二人も」
 夏油は三人のリクエストを訊き、にこにこしながら校庭を後にした。

 飲み物を買いに行ってからきっかり五分後、夏油とキョンシーの組手が始まった。まだ体にそれほど筋肉がついていない一年生二人を相手にするのとは違い、キョンシーは全力で夏油に立ち向かう。疲労を感じない、人間離れした怪力や頑丈さというアドバンテージをもってしても夏油に勝てたことは一度もない。毎度「今回こそは」と意気込むのだが、あと一歩及ばないのだ。
「悟のこと、気になるかい?」
 キョンシーの攻撃をいなしながら、夏油は彼女だけに聞こえるような声量で問いかけた。
「……急に何?」
 キョンシーの目が僅かに泳ぐ。夏油はそれを見逃さなかった。
「最近、妙に悟のことを気にしてるみたいだから、この前の任務で何かあったんじゃないかと思ったんだ」
 夏油はキョンシーの手首を掴んだ。キョンシーはすぐに抜け出し、逆に夏油の腕を掴んで引っ張り、体勢を崩す。続けて夏油の顎を狙って掌底を打った。けれどそこはさすがの特級呪術師。体勢を崩しながらもキョンシーの攻撃を防いだ。
「訓練に集中して。怒るよ」
「訓練だからこそ、だよ。呪詛師を相手にするなら話術も必要だろう?」
 互いに距離を取り、睨み合う二人。短い静寂の後に夏油の猛攻が始まる。一見、夏油の方が優勢のように見えるが、キョンシーは疲れも痛みも感じない。加えて、初対面の時に呪力を流し込まれて動きを封じられた経験から、彼女は夏油との接触を最小限に抑えている。この状況において、時間は彼女の味方だった。
「良いこと教えてあげるよ」
「なに?」
「悟は童貞だよ」
「ッ!」
 自分の呪力で彼女の呪力を乱せないのなら精神を揺さぶるしかない。夏油はできるだけ過激な言葉を選んでキョンシーに投げかけた。夏油の狙い通り、動揺したキョンシーに一瞬の隙が出来る。夏油はその隙を突いて見事な一本背負いを決めた。勝負ありだ。
「大丈夫かい?」
「さっきのは卑怯だよ」
「試合中のお喋りは禁止されてないからね」
「……夏油くんのそういうところ、好きじゃない」
「はは。嫌われたわけじゃなくて良かった」
 夏油は笑いながらキョンシーを助け起こした。
「冗談はともかく、私で良ければ相談に乗るよ」
「別に相談に乗ってもらうようなことなんてないけど」
「そう? いつも悟のことを熱心に見つめてるのに、悟が君の方を向くと目を逸らすから何かあるのかと思ってた。私の勘違いだったかな」
 キョンシーは夏油の顔をじっと見つめる。彼女の探るような視線にひるむことなく、夏油も彼女を見つめた。
「……次、任務の入ってない日っていつ?」
 この睨み合いでも先に負けたのはキョンシーの方だった。
「ちょうど今日が空いてるよ。硝子に化学を教えてもらおうと思って図書館の会議室を予約してたんだ。そこでいいよね。ああ、そうだ。硝子にも同席してもらおう。私と二人じゃ気まずいだろう?」
「圧が強い……」
「そう? 気のせいじゃないかな。で、今日、いいよね?」
 キョンシーの脳内でいつかの記憶が蘇る。
 呪霊に襲われていた一家を助けたら「是非うちの息子の嫁に」と六時間ほど座敷に軟禁されたあの日の記憶が。
 ―洗いざらい吐くまで監禁されるのかな。
 キョンシーは思わず天を仰いだ。

 放課後、キョンシーは図書館を訪ねた。夏油が予約したのは地下書庫の隣にある会議室だ。手ぶらで入るのも変だと思ったキョンシーは手近な本を数冊持って会議室へ入る。
「あ、ちゃんと来た」
 会議室には既に夏油と家入が来ていた。どうやら本当に勉強を見てもらっていたらしく、会議室のホワイトボードには化学式が羅列されていた。
「その本、どうしたの?」
「あ、いや、何も持たずに会議室に行くのも変だと思って……」
「だからって『拷問の歴史』と『魔女狩りの社会史』っていう選書はどうかと思うけどね。ま、座りなよ」
 キョンシーは夏油に促されるまま席に着くと、両脇に二人が腰掛ける。
「じゃあ、始めようか。単刀直入に聞くけど、君は悟のことが好きなのかい?」
「それは、その……」
 答えに詰まるキョンシーを見て、家入はすかさず夏油の脇腹に肘鉄を食らわせる。これは「会話の剛速球を投げるな」の合図だった。
「恋愛感情に限らず、五条についてどう思ってるのかを教えてくれればいいよ。実はこの前の任務以来、アンタが五条を避けてるから先生が心配してたんだ」
「そうなの?」
 夜蛾がキョンシーのことを気にかけていたのは本当だった。五条と視線を合わせようとしない彼女について、それとなく家入に訊ねてきたのだ。
 死体である彼女が何十年も高専に居続けるからには何らかの理由がある。それは誰もが察していた。そしてそういうイレギュラーが起きたときは御三家を筆頭とする上層部と高専との間で協議を行い、そこで決まった通りの対応をすることになっていた。キョンシーが御三家に対して悪感情を抱いた場合、五条の存在は厄介な火種になりかねない。夜蛾はそれを心配しているのだと家入は理解していた。……まさか原因が恋心だとは夜蛾も想定していなかっただろうが。
 キョンシーはもじもじと自分の服の裾を弄り出す。
「……笑わない?」
「笑わない」
「絶対に?」
「絶対に」
「夏油くんも?」
「もちろんだよ」
「じゃあ言うけど……夏油くんの言う通り、その……五条くんのこと、好きになっちゃった、かも」
 もしもキョンシーが生きていたら、顔が真っ赤に染まっていたことだろう。呪符の下から覗く唇は真っ直ぐに引き結ばれ、頻繁に瞬きを繰り返している。
「好きになっちゃったっていうのは、何かきっかけがあったの?」
「この前の任務のときに助けてもらって、それで、私が上手く動けなくなっちゃったから……その……お姫様抱っこで補助監督さんのところまで連れて行ってくれたの」
 キャー恥ずかしい、とキョンシーは悲鳴を上げ、両手で顔を覆いながら机に突っ伏した。隣に座っていた夏油の耳にはミシ、と机が軋む音が聞こえたが気付かなかったことにした。
「五条とはどうなりたい? 付き合いたい?」
「そ、そんなとんでもない! そもそも私は死んでるし、帳が下りてないと昼間は活動できないし……」
「なんの願望もないの? 遠くから見てるだけで十分?」
 家入の問いかけに、キョンシーはゆっくりと顔を上げる。
「恋人同士になれなくてもいいから、一緒にお出かけしてみたい、かな」
 照れ隠しなのか、彼女は忙しなく呪符の皺を伸ばしはじめた。かなり大胆に呪符を引っ張っているが、破れることもないし額から剥がれ落ちることもなかった。
 ―やっぱり呪符を剥がすと狂暴になるのかな。
 夏油はふとそんなことを考える。
「デートか。どこに行ってみたい?」
「うーん。私が生きてた頃の定番は公園の散策なんだけど、それじゃあ五条くんはつまらないと思うの」
「どうかな。五条なら意外と大丈夫だと思うけど、確かに何か目的があった方がお互い話しやすいかもね」
 家入にキョンシーの相手を任せて、夏油はリングファイルを広げた。そこには伝承やフィクションにおけるキョンシーの概要が書かれている。知的好奇心を満たすため、夏油が気まぐれに調べたものだった。
 大雑把に分けるとキョンシーには二種類ある。道士が呪符で操るタイプと、風水的に悪い場所に埋葬されたり恨みを抱いて死んだりした者が自然にキョンシーとなるタイプだ。道士でも条件が揃えばキョンシーとなる。その関係性は呪術師と呪霊に似ていると夏油は考えていた。そしてもしも道士とキョンシーの関係を呪術師と呪霊に置き換えて解釈できるとしたら、キョンシーは呪霊操術の対象となる。
「五条くんって何が好きなんだろう」
「ゲーセンにはよく行くけど、ゲームやったことある?」
「宇宙人を撃ち落とす、あの、インべなんとかってやつなら一回だけある」
「もしかしてインベーダーゲームのこと? もう置いてないよ」
「嘘でしょ? みんな夢中になってテーブル脇に百円玉積み上げてたのに」
「それ、いつの時代の話?」
 ジェネレーションギャップにショックを受けているキョンシーを夏油はじっと見つめる。
 ―呪霊じゃないな。いや、違うとも言い切れないか。
 夏油は相手が自分の術式の対象かどうかを呪力の性質で見分けていた。その判断基準は生得術式がもたらす感覚である。「紙の封筒に、むき出しの絹ごし豆腐は入れられないけど、本なら入れられる。その判断をするのと同じ」らしい。目の前のキョンシーは「呪霊」と「呪霊以外のもの」の境界線上に立っていた。以前見かけた、呪霊と癒着してしまった非術師の呪力とよく似ていると夏油は思った。もう少し呪霊の要素が強まったら取り込めるだろうと踏んでいた。
 もし死体を操る呪霊を取り込んだら、と夏油は考える。倫理面の問題を考慮しないのであれば使い道はたくさんありそうだ。殺した本人を操れば死体の処理も簡単だし、そもそも死人に人殺しを任せれば被疑者死亡で処理されるだろうから足もつかない。知性が残ってるようであればスパイ行為も簡単だし―

「夏油くんはどう思う?」
 不意に話を振られて夏油の思考が途切れた。
「いいんじゃないかな」
 夏油が答えると間髪入れずに家入の肘鉄が炸裂する。
「夏油、話聞いてなかったな」
「……すまない。少しぼんやりしてた」
「ひどい! 夏油くんが強引に呼び出したんじゃない!」
「ごめんごめん。それで、なんだっけ」
「五条くんが好きそうなお出かけ場所ってどういう場所なのかって聞いたんだよ」
「お出かけ場所、ねぇ」
 彼女の暢気な言葉と、自分の考えていたことのギャップに夏油は思わず苦笑する。
「悟は案外なんでも楽しむタイプだから、君の趣味に合わせていいと思うよ。何か趣味はない?」
 恋をしたとカミングアウトするだけで恥ずかしくなってしまうような女の子らしい彼女に、血腥い話は似合わない。夏油は頭の中から昏い妄想を追い出した。
「趣味とは少し違うけど、映画は好き」
「へぇ。映画館は行けるんだ」
「ううん。全部レンタル。私って睡眠がいらないのね。それであんまりにも暇だから事務局に『呪霊もメディアの影響を受けるから勉強したい』ってお願いしたら、定額借り放題の契約してくれた」
「メディアの影響か。そういえば一時期、家庭用テレビから這い出る呪霊ばっかり湧いたって補助監督が言ってたな」
「分かる。トイレの花子さんも百人くらい祓った気がする」
「私の手持ちに口裂け女が居たよ」
「ほんと!?」
「もう祓われてしまったけどね」
「残念。一度会ってみたかったのに」
 
「そうだ。五条と映画館に行ったらいいんじゃない?」
 夏油とキョンシーの様子を観察していた家入が提案した。
「ああ、映画の感想っていう共通の話題ができるから良いかもしれないね。夕方に上映開始の回だったら君も日光を気にせずに出歩けるだろ?」
「あ、えっと……今さらで申し訳ないんだけど、私、学長の許可がないと任務以外では外に出られないの」
「許可を取ればいいんでしょ?」
 パンが無ければケーキを食べればいいじゃない。
 キョンシーの頭の中で、とある王妃の有名な言葉が浮かんだ。
「い、家入さん、それはさすがに難しいと思う」
「遊びに行くならね。ちゃんとした理由があれば、可能性はあるんじゃない?」
「ちゃんとした理由って、例えば?」
 家入は夏油に視線で合図を送る。夏油は予定外の合図に戸惑いながらも、頭をフル回転させてそれらしい理由を考えた。
「そうだな……例えばだけど、電車に乗るのに今は紙の切符が要らなくなったんだけど、知ってるかい?」
「え、えっと、改札で切符を切らなくなったってこと? それ、無賃乗車し放題にならない?」
「このカードを改札機にかざすんだよ」
 夏油は鞄から定期入れを取り出して彼女に見せた。キョンシーは銀と黄緑色のカードをまじまじと見つめる。
「このカードに現金をチャージして改札機にかざすと、乗った駅の情報がカードに書き込まれるんだ。改札機を出る時にその情報を元に運賃を計算して、チャージした現金から自動で支払う」
「すごいね。でもこれと私の外出許可は関係ないんじゃない?」
「こういう常識を知らないと、呪霊や呪詛師と戦う時に不利になるかもしれないってこと」
 術式の解釈は術師を取り巻く環境の影響を受けやすい。新たな技術や文化によって能力を飛躍的に高めた術師も少なくなかった。技術や文化を知るには経験するのが一番早い。キョンシーにいわば国内留学をさせようというのが二人の考えた理屈だった。
「これなら付き添い役を頼むっていう口実で五条を誘えるしね」
「でもそんな簡単にいくかな。許可が取れたとして、五条くんに断られるかもしれないし……」
「大事なのは行動することだよ。何もしなければ絶対に何も起こらないけど、試しにやってみたら案外上手くいって悟とデートできるかもしれない」
 キョンシーの心は揺れていた。夏油の言うことにも一理ある。何もしなければ良くて現状維持。五条との関係を変えたいのなら何らかの行動を起こさなくてはならない。けれどそれは生きていればの話。住む世界が違う者同士が恋仲になっても不幸にしかならない。それに許可が取れたとして、五条に誘いを断られたら立ち直れる気がしない。キョンシーはそう思っていた。
 そんな彼女の心の揺れは二人に筒抜けだった。呪符で顔が隠れているからと油断しているようだったが、彼女が思っているよりも表情筋はしっかりと動いていた。
 ―分かり易くて助かる。
 夏油は言葉を続けた。
「私と硝子も含めて四人で遊ぶのも楽しいと思うんだ。同年代の女の子みたいに遊んでみたいと思わない?」
 彼女の視線が宙を彷徨い、服の裾をいじる彼女の手の上で落ち着いた。青ざめた白い手。彼女自身の体が生み出す毒で青く染まった爪。そこに五条の碧い虹彩と大きくて温かい手が重なった。その手が夏油の肩を親し気に叩き、家入と三人で笑いながら出かける後ろ姿。見ているだけで満足だと思っていたその光景が、記憶の中で彼女を誘惑するように煌めいた。
「遊んで、みたい」
 小さな声だった。けれどその言葉は彼女の隠れていた願望を掘り起こした。
「みんなともっと仲良くなりたいし、外の世界も見てみたい」
「そうこなくっちゃ」
 家入は嬉しそうにキョンシーの肩に腕を回した。
 三人は互いの予定と今後の段取りを確認して図書館を後にした。

 揃って図書館を出ると、外では五条が待ち構えていた。キョンシーの姿を認めると、一瞬驚いたように目を見開き、眉間に皺を寄せた。
「お疲れ。随分早いじゃないか。今日の任務、確か埼玉の方だったんだろう?」
「俺が居ちゃ悪いかよ」
「そんなことは言ってないだろ」
「……三人でコソコソ図書館で何してたんだよ」
 どうやら五条は三人が図書館に居ることを灰原から聞いたらしい。一体どんな風に伝わったのか、随分とご立腹だった。
「この子が映画館に行ったことないって言うから今度四人で出かけようって話してた」
「え、マジ? 映画館行ったことねぇの?」
「映画館どころか、いまだに改札に駅員がいて切符を切ってると思ってるよ」
「ちょ、ちょっと! 夏油くん、恥ずかしいからやめてよ!」
 想像以上の事態に五条は絶句する。妙に脳内常識が古いと思ったが、まさか自動改札に対応してないとは思いもしなかった。
「任務以外での外出が禁じられてるらしい。ただ、これだと相手の術式を読み間違える可能性もあるだろう? だからなんとか外出許可を取れないか相談してたんだよ」
「なるほどな」
 五条は携帯で時間を確認するとキョンシーの腕を掴んだ。
「先生のとこ、行くぞ」
「悟、いくらなんでも急すぎる。学長許可を取るなら手順を踏まないと」
「そのために先生に相談して、事前に根回ししてくれるよう頼むんだよ。ジジイ共を動かすのに根回しは必須だ。面倒な案件だと都合良くボケて放置されるからな。先生なら次期学長だし、その辺は上手いことやってくれる。理屈は考えてあるんだよな?」
「まぁね」
「じゃあ大丈夫だろ。ほら、行くぞ」
 二人の返事も聞かず、五条はキョンシーを引っ張って歩き出した。
 家入は溜息を吐き、夏油は肩をすくめて五条を追いかける。
「ご、五条くん!」
「んだよ」
「あの、ありがとう」
「……当然だろ。術式読み間違えてバラバラになったら、オマエの体のパーツ追いかけなきゃなんないし。あれ、マジでしんどいんだよ」
 家入はにやにやしながら携帯を開いて二人の後ろ姿を写真に撮った。かしゃり、と作り物のシャッター音が響く。先頭を歩く五条が隠し撮りに抗議した。今度は夏油がその様子を撮る。夏油自身はマメに写真を撮るタイプではなかったが、彼の写真フォルダは沖縄に行った時以来、数カ月間更新されていなかった。五条は夏油にも抗議しつつ、あとで写真をメールで送れと催促する。
 ―そういえば彼女は携帯を持っているのだろうか。
 あの様子だと持ってなさそうだ。
 今度の任務帰りに現像してあげよう。夏油は五条と家入にメールを送りながら、頭の中の予定表に「カメラ屋立ち寄り」と書き込んだ。

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