気になるあの子はキョンシーでした 弐

 高専最寄駅の近くのファミレス。そこは俺らのたまり場だった。
 任務終わりに傑と一緒に飯食ったり、試験前に硝子から勉強教えてもらったりと、店員に顔を覚えられる程度には通ってる。高専の近くで一番美味いのはこのチェーンだし、それほど混んでなくて長居しても追い出されないのが良かった。
 今日も俺は傑と硝子の三人でそのファミレスに来ている。
「お待たせいたしました。ふわとろオムライスでございます」
「はーい」
「チーズ二倍ジューシー爆弾ハンバーグと大盛りライスでございます」
「私です。チキンソテーが彼」
「お皿が熱くなっておりますので、ご注意ください」
 店員の言う通り、熱々の鉄板からは肉とソースが焦げる美味しそうな香りがした。傑のハンバーグも、溶けたチーズが鉄板に垂れてじゅうじゅうと食欲をそそる音を立てている。いつもならテンションが最高潮になる瞬間だ。でも今日はテンションが上がらない。
「じゃ、遠慮なくいただきます」
「五条、ごちそうさまー」
 仕方ない。今日は俺が奢ることになってるんだから。
「ここのオムライス、初めて注文した」
「そういえば硝子はいつもドリアだったね」
「一番お腹膨れるもん。夏油もいつもとメニュー違うじゃん」
「前から気にはなってたんだ。チーズ二倍キャンペーンの間に来られて良かったよ」
 人の奢りだからって傑も硝子もいつもよりグレードアップしたメニューを注文してきた。二人ともほくほく顔だ。面白くねぇ。若干やけくそ気味にチキンにかぶりつく。こんな時でもチキンは美味い。甘辛ソースと柔らかいチキンが俺を慰めてくれた。
「あれ、五条がサイドメニュー頼まないなんて珍しいじゃん」
「金欠らしいよ」
「それなのに勝負に負けて奢らされてんだ。かわいそー」
「……うるせぇ」
 今日の格闘訓練は一年との合同訓練だった。久しぶりに傑と組むから、負けた方が二人分の飯を奢ることにしようと提案した。何事もゲーム性を持たせた方が燃える。そう思っての提案だった。術式なしの格闘とはいえ、俺も負ける気はしなかったし。実際、途中までは互角だった。むしろ俺の方が優勢だったくらい。でも負けた。
「勝負に集中できてなかったのが敗因だよ」
 傑はハンバーグを頬張りながら、硝子にそう言った。悔しいけど否定できない。途中まで優勢だったのに負けたのは、ほんの一瞬、別のことに気を取られたからだった。
「そうなの? なんで」
「ほら、例のキョンシーだよ」
「ああ、なるほど」
 授業の補佐だとかで、先生があのキョンシーを連れてきた。俺らと一年二人じゃ実力差がありすぎて訓練にならない。かといって先生が一年の相手をすると一人あぶれる。そこでキョンシーの出番というわけだ。俺らほどじゃないにしても、キョンシーの身体能力はかなり高い。しかもキョンシーは疲れないし、これ以上死ぬこともないから、術式ありでも安全に訓練することができる。特に七海みたいなタイプは体の使い方と呪力操作を同時に習得しないと実戦で苦労する。そういう意味でもキョンシーはピッタリの訓練相手だった。
「子どもの頃に会ったことがあるんだっけ」
「へぇ。どういう関係なの?」
「別に大したことねぇよ。会ったことあるっつっても少しだけだし」
「でも私との勝負に集中できない程度には気になる相手なんだろう?」
「さっさと話しなよ。その方が楽になる」
 好奇心でぎらぎらの視線が俺にぶっ刺さる。落ち着かない。硝子の言う通り、さっさと話して二人の興味を逸らした方が得策かもしれない。
「アイツは、ガキの頃に俺を助けてくれたんだよ」

 九歳の時に呪詛師集団に誘拐されたことがある。
 わざと誘拐されてやった、と表現した方が正確か。普通の呪詛師だったら隠れてる辺りを睨みつけて存在に気付いてることをアピールすれば諦めるのに、そいつらは動きもしなかった。初めて遭遇するパターンに興味を惹かれた俺は、呪詛師が流してきた呪力で気絶した振りをした。アイツらは俺の手足を呪符で縛り、車に乗せて走り出した。
 車が向かったのはどっかの倉庫だった。俺を乱暴に床に転がして、ソイツらはどこかに行ってしまった。あいつらが居なくなったのを確認して、倉庫の入口を調べた。入口には結界が張られていて、外に出るのは難しそうだった。何をするにもまずは呪符をどうにかしないといけない。術式で呪符を破壊しようとしたり、床に転がってた金属片にひっかけてちぎろうとしたり、いろいろ試したけどなかなか上手くいかなかった。悪いことに、倉庫の中には結構な数の呪霊が棲んでいた。呪霊は最初こそ遠巻きに俺を観察してたけど、俺が呪符をほどくのに手こずっているのを見て、一斉に襲いかかってきた。無下限が無かったら俺はあの時に死んでたと思う。俺は動きを制限された状態で呪霊と戦った。呪霊自体は大したことなかったけど、動きを制限されている分、体力を消耗してしまった。
 さすがにヤバいかもって思ったときに、倉庫の外が急に騒がしくなった。何かが壁にぶつかるような音がしたかと思うと、呪詛師と一緒に入口の扉が倉庫の中に向かって飛んできた。呪詛師をぶっ飛ばしたヤツは呪霊を見つけると、真っ直ぐ呪霊に向かって走っていった。ソイツはあっという間に呪霊を祓い、俺に近付いて呪符を爪で切ってしまった。
「当主様のご指示でこちらへ参りました」
 ソイツは額に貼り付けた黄色い呪符を持ち上げて、俺に怪我はないか、服に乱れはないかをしきりに確認していた。何事もなかったと分かって安心したらしく、顔が緩んだ。それを見て、ガキだった俺は急にむかむかしてきた。
「俺一人でいつも対処してる。なんで余計なことすんだよ」
 ソイツはゆっくりと瞬きをして俺を見つめた。
「……こういうことは良くあるんですか?」
「知らねえの? 俺、何度も呪詛師に襲われてるよ。俺を殺せば金になるんだって。ま、全員返り討ちにしてやったけど」
 俺の言葉を聞いて、ソイツはとても悲しそうな顔をした。
 今なら分かる。俺があの時アイツに言ったことは普通じゃなかったし、はっきり言って痛々しかった。でも俺が呪詛師を返討ちにする度に周りの大人たちは「さすが六眼の持ち主」「さすが次期当主様」「これで五条家も安泰だ」って俺を褒めて持ち上げた。だから一人で呪詛師と戦うことは誇らしいことだと思ってたし、呪詛師集団を一網打尽にしたらもっと褒められると思ってた。それなのに褒めるどころか泣きそうな顔をしたソイツが許せなかった。
「なんで俺の作戦を台無しにすんだよ。お前の助けがなくても俺一人で全員やっつけられたのに」
「知ってます。でも――」
「あーはいはい。仕事だから、だろ。言われなくても分かってる」
 ソイツは黙って首を横に振った。
「仕事でもあるけど、それだけじゃないですよ。卑怯な大人から酷いことをされてないか、怖い思いをしてないかが心配だった」
 無事で良かった、とソイツは笑った。その言葉を聞いたとき、急に手足が言うことを聞かなくなって、その場に座り込んでしまった。さっきまで何ともなかったのに、縛られた手首と足首が痛み出した。ソイツは背中を向けて俺の前にしゃがみ込んだ。俺は黙って ソイツの背中に乗る。当時の俺とほとんど身長が変わらないのに、何ともないような顔をして俺をおぶって倉庫を後にした。
 倉庫の外には実家の連中が待っていた。父親と母親はいない。ソイツに背負われて出てきた俺を見て、使用人たちは血相を変えて集まってきた。ソイツは俺に大きな怪我はないことを皆に伝えて、俺を引き渡した。そしてそのまま、少し離れたところに停まっていた車に乗り込んでどこかへ行ってしまった。

「思ってたよりずっと劇的なエピソードが来た」
「そんなドラマみたいなことをなんで教えてくれなかったんだい?」
「自分でも分かんなくなったんだよ」
「どういうこと?」
「確かに記憶の中のキョンシーとアイツの呪力は同じだ。でもキャラが違い過ぎる」
 俺の話を聞いて思うところがあったらしく、二人は黙り込んでしまった。
 授業中のキョンシーは、なんていうか……テンションがおかしかった。まず、先生が持ってきた大型のスーツケースから、伝統的なキョンシーらしく両腕を正面に突き出した状態で飛び出してきた。初対面の硝子と一年二人はドン引きしてて空気は最悪だった。でもアイツ的には鉄板のネタだったらしい。なんでウケないのかと先生を問い詰めていた。ちなみに先生が学生の頃は「どっかんどっかんウケてた」らしい。
 この時点で情報量が多すぎる。まず「強面の三十代男性が持ってるスーツケースから、十代女性の死体が出てくる」っていう絵面がヤバい。それにあの見た目で先生の学生時代を知ってるってのも衝撃的だ。どう見ても俺らと同い年くらいにしか見えないのに。何年高専に居るんだよ。あとはキョンシーネタが未だに現役だと思ってるのも厳しい。伝説的なキョンシー映画の公開から二十年以上経ってることを解説してる先生を見て、少しだけ同情した。ついでに先生はあれでウケてたらしいという情報も減点ポイントだ。
 訓練中のアイツはさすがに真面目だった。事件は七海の術式がアイツの脚に決まったときに起きた。七海の術式は「任意のパーツを七対三に分割した場所に弱点を無理やり作り出す」術式だ。七海はすばしっこいキョンシーの動きを封じようとしたらしく、脚を攻撃した。七海の攻撃は見事に決まる。そこまでは良かった。ただ、流し込んだ呪力量が多すぎて、キョンシーの脚が七対三で切断されて吹っ飛んでしまった。あとはもう俺らの初対面の時と同じだ。脚は校庭を勝手に動き回るし、キョンシーは悲鳴を上げて自分の脚を追いかけていた。あまりの事態に放心状態になっていた一年に対して、さっさと脚を捕まえろと檄を飛ばしてたっけ。捕まえたら捕まえたで脚は暴れるし、それを巨大ホチキスで仮留めしてる絵面もヤバかった。ちなみに仮留めした脚は硝子が反転術式で綺麗にくっつけた。
「まぁ……相手によって見せる顔が違うのはよくあることだよ。呪力が同じなんだったら悟を助けてくれた相手で間違いないんじゃないか? 東京にキョンシーがたくさんいるとも思えないし」
「俺の記憶違いかもしれねぇじゃん」
 人の顔はともかく、人の呪力を忘れたことはない。そう思ってた。でもあの時の俺はガキだったし、シチュエーションもいつもと違った。間違って記憶してる可能性は十分にある。

「五条、初恋の相手が変人でショックなのは分かるけど――」
「は? ちょ、硝子、今、なんつった?」
 今、初恋って言わなかったか? 初恋? キョンシーが? 俺の?
「初恋の相手。あれ、もしかして図星?」
 自分から振ったくせに硝子は目を見開いて固まった。
「そっか。それで集中できなかったのか。腑に落ちたよ」
「なっ、違えよ! そういうんじゃねえから! なんでそんなことになるんだよ!」
「誰それが初恋の人っていう情報からは『過去のある一点において誰かに好意を抱いていた』ことしか読み取れないよ。ただの思い出なんだからムキにならなくてもいいじゃないか。現在進行形ってわけじゃないんだろう?」 
 傑の口角があがる。現在進行形ってところを不自然に強調して含みを持たせてるところにイライラする。
「現在進行形じゃなくても二人とも面白がるだろ」
「まさか! 興味があるだけだよ。悟は女子からキャーキャー言われたがるわりに、いざ告白されると全員断るじゃないか。恋愛に興味がないんだと思ったら初恋の人がいた。そんなの気になるに決まってるじゃないか。ねぇ、硝子」
「んー? うーん。そうだね」
 硝子の方はそうでもなさそうだ。この話題に飽きたのか興味がなくなったのかは分かんないけど、真剣な顔でメニューを読み込んでる。
「とにかく、そういうのじゃないから」
「今も?」
「今も。つーかそもそも死体相手じゃ成立しないだろ」
「成立はするんじゃない? 死体っていっても動いてるし」
 硝子はテーブルの上の呼び出しボタンを押して、会話に戻ってきた。硝子にとっては俺の初恋疑惑よりもサイドメニューの方が大事らしい。こういう話って女子の方が好きなんじゃねぇの。中学の時もクラスの女子がいっつも噂してた。でもまぁ……硝子だしな。硝子はあっちサイドの女子じゃない。
「衛生的にビミョーじゃね? 死体とキスしたらなんか感染しそう」
「どうだろ。先生が学生だったころを知ってるわけだから……だいたい二十年前か。それだけの時間が経っても体が腐敗してないんだから、案外生きてる人間より清潔かもよ。腐敗臭どころかなんかスパイスの匂いするし」
「言われてみればそうだな。あれは……シナモンかな」
「それだ。シナモンには殺菌作用があるから、それで腐らないのかもしれない。あ、シナモンフォカッチャ頼もう」
 硝子は急に思い付いたらしく、注文を聞きに来た店員にシナモンフォカッチャを頼んだ。
「よくこの流れでシナモンフォカッチャ食う気になったな」
「別にシナモンフォカッチャはキョンシーじゃないからね。医務室の先生は死体の解剖したあとに焼き肉行くらしいよ」
「マジか……」
 でもそのくらいじゃないと高専の医者なんてやってられないか。
 高専の医務室に運ばれてくるのは呪いにやられて普通の病院じゃ治療できないような患者だ。皮膚がアオウミウシみたいな色になるとかあり得ない場所にあり得ない体のパーツがくっついてるとか、スプラッタ映画やホラー映画顔負けの状態になることも珍しくない。術師もそうだけど、高専の医者も相当にタフじゃないと続かないのは想像がつく。
 
「悟にその気がないなら、私が彼女を貰っちゃおうかな」
 は? 貰うって……キョンシーを? なに言ってんだ。訓練の時に頭打った?
「夏油ってああいう子が好みなんだ。意外」
「別に好みってわけじゃないけど、いつもと違うタイプの女の子と付き合うのも悪くないと思って。よく見ると顔は可愛いし」
 同意を求めるような視線が俺に向けられる。
 なんか、イラつくな。
「やめとけよ。キョンシーと付き合ったって楽しくねぇだろ」
「工夫次第だよ。デートは日が落ちてから出かければいいし、顔色の悪さは化粧でどうにでもなる。キスとかセックスは……そうだな、いざとなれば他の女の子とすればいいかな」
「げ。そこまでする? 浮気前提なら無理して付き合う必要なくね?」
「バレなきゃ浮気相手なんて存在しないのと同じだよ」
「キョンシーは視覚じゃなくて嗅覚を頼りに人間を襲うって言われてんだ。傑は香水付けるタイプの女子ばっかセフレにすんだから、マジで止めとけって」
 俺ですら気付くレベルだ。鼻の利くキョンシーが気付かないとは思えない。バレたら絶対に面倒だ。アイツのことを詳しく知ってるわけじゃないけど、これだけは断言できる。
「悟、さっきから妙に口を出してくるけど、私が誰とどんな付き合い方をしようが悟には関係ないだろ」
「関係なくても明らかにヤバい相手と付き合おうとしてたら止める。親友なんだから」
「そうかい? 私が前に付き合ってた相手がストーカーになったときは『最初からヤバいと思ってたけど面白いから黙ってた』って言われた覚えがあるけどな」
「そんなこともあったね。五条が腹抱えて笑っててドン引きしたから覚えてるよ」
 硝子も傑の援護に回る。確かに……笑った。俺も覚えてる。まだそんなに仲良くなかった頃の話だけど。
「悟、言いたいことがあるならはっきり言ってくれないか」
 二人の視線を真正面から受け止めたくなくて、俺はすっかり冷めた付け合わせのジャガイモを口に放り込んだ。皮つきだからか、少し苦い。温かいうちだったらそんなに気にならなかったはずだ。タイミングを逃した。
「……俺も分かんねぇんだよ」
 皮の味をごまかすために小皿のケチャップを付ける。配分をミスってジャガイモに付ける分があまり残ってない。皿に押し付けるようにして掬い取ると、赤いケチャップの下から小皿の白が現れた。
「別にアイツが好きとかそういうんじゃない。でも気になる。記憶の中のキョンシーと目の前のアイツとのギャップが大きいから混乱してんのかもな」
「なんでそんなに思い出の中のキョンシーにこだわってんの?」
「……礼を、言えてない」
 事件直後は大変だった。医者に全身限なく検査されて、警備体制の見直しのためっつって当日のことを事細かに聞き出された。そういうのが一通り落ち着いたときに、ふと、キョンシーに礼を言ってないことに気が付いた。もちろん、俺一人で対処できたと思う。いや、確実に対処できた。でもキョンシーが来てくれて安心したのも確かだった。
 ――上に立つ者は他人の働きをしかと見極め、良い働きをした者には相応の礼を尽くしなさい。報酬を出し惜しんではならない。
 教育係に言われたことを思い出しながら、俺はキョンシーの居所を聞いて回った。でも誰一人としてキョンシーがどこにいるかを教えてはくれなかった。少しして、父親から五条家の敷地内でキョンシーのことを口にするのを禁じられた。俺がしつこく聞き回ったのを面倒に思った誰かがチクったんだと思う。それにしたって緘口令を敷くのは大袈裟だ。それに喋るなと言われると余計に気になる。でも俺が何をしても大抵のことはスルーしてきた父親にマジのトーンで言われたら、さすがにそれ以上は聞けなかった。
「そこまで気にしてたのに何で忘れてたのさ」
「そのあと術式理解のための勉強と格闘訓練で忙しくなったんだよ」
「ふーん……」
 でも忘れてた理由はそれだけじゃない。俺自身が率先して忘れようとしていた。周りのヤツら、特におっさん連中は俺が誘拐されたこと、女に助けられただけでなくみっともなく背負われて戻ってきたことを五条家の恥だと思っているらしかった。俺の日頃の態度も良くなかったせいで、ここぞとばかりに責められた。ずっと責められると自分でも「あれは恥ずべきことだった」と思うようになる。だからキョンシーのことを忘れるように努力した。勉強すればするほどできることが増えたのは楽しかったし、偉そうな体術指南役をぶん投げた時は最高の気分だった。そうしてるうちにキョンシーのことなんてどうでもよくなって、すっかり忘れてしまった。
「五条さ、もう本人に直接聞きなよ」
「それが出来たら苦労しねぇって」
「なんで。別に大したことじゃないじゃん。『あの時、助けてくれたキョンシーですか』って言うだけだよ」
 硝子はこちらを見ずに携帯を弄っている。もうこの話題に飽きたっぽい。
「私も硝子の意見に賛成だな。悟の記憶を探ったって答えは出てこないんだろう? なら彼女に確認するしかないじゃないか。それで本人だったらお礼を言えばいいし、違ったら間違えましたで済ませればいい。違うかい?」
「……そうだけど」
「せっかくだから彼女と二人っきりになれるように、同じ任務にアサインしてもらえないか事務局に聞いてみてはどうかな。その方が自分の気持ちにも向き合えるだろう?」
「だから、そういうんじゃねぇって! てか傑はそれで良いのかよ」
「ん? ……ああ、キョンシーと付き合うって話は嘘だから、別に私は構わないよ」
「なっ! お前……」
 傑は愉快そうに目を細める。やられた。俺に喋らせるために鎌をかけてたんだ。クソ。こんなことならキョンシーのことなんて思い出さなきゃ良かった。調子を狂わされっぱなしだ。
「もう諦めな。できない理由を並べ立てるのは見苦しいよ」
「……チッ。分かったよ」
 傑は俺の返事を聞いて満足したらしく、ドリンクバーに飲み物を取りに行った。
 あーあ、面白くねぇ。でも悔しいけど二人の言う通りだ。これ以上俺の記憶を探っても何も出てこない。だったら本人に聞くしかない。変なヤツだけど、一年二人の相手をしてる時はまともなことを言ってた。手足がもげてないタイミングならちゃんと話はできるだろ。

「話変わるけど、冥さん見かけなかった?」
 携帯とにらめっこしてた硝子がやっと顔を上げる。
「いや、見てねえけど。歌姫と一緒に任務に出るっつってこっちに来てたのが昨日だろ。もう次の任務に出てんじゃね?」
「うーん……歌姫先輩に用事があってメールしたんだけど返事が来ないんだよね。歌姫先輩ってどんなに遅くなっても絶対に返事をくれる人だから気になって」
 確かに気になる。任務は静岡、だっけか。冥さんと一緒だからどんなに手こずったとしても一日で終わるはずだし、日帰りできる距離だ。仮に泊まりになったとしても、それならそれでメールを返す余裕はある。怪我は……ないな。連絡できないレベルの怪我だったら、事務局はもっとガヤガヤしてるはずだ。だとすると……結界に閉じ込められて時間軸がズレてるとか?
「明日あたり救援要請入るかもな」
 もしかしたら俺らが行くことになるかも。傑が戻ってきたら言っておかねぇと。

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