ぜーんぶお酒のせい! - 1/3

 今日は久しぶりに硝子と飲みに来ている。
 小さなお猪口に注がれたお酒を一口。すると口の中にお米特有の甘い香りが広がる。そこから少し遅れてキリッとした辛さがやってきて喉が熱くなる。つまみのたこわさを食べてからもう一口。ワサビの辛味と日本酒のまろやかな甘み、どちらも引き立つ最高の組み合わせだ。
「はぁー! 日本酒最高! 生きてて良かった!」
「相変わらず大袈裟だな」
 硝子は半笑いで焼酎の入ったタンブラーを傾ける。
「大袈裟じゃないよ。こうやって硝子と美味しいお酒を飲んで美味しいご飯を食べてる時が一番幸せ」
「そりゃ良かった」
「この為に仕事してるって言っても過言じゃないね。やっぱり持つべきものは気心知れた友達とアルコール分解能力だわ」
「もしかして先週のデートでフラれた?」
 私の箸からタコが滑り落ちる。それを見た硝子は、やっぱり、と溜息を吐いて空のグラスを私の前に押し出した。空いたグラスに私の徳利から日本酒を注ぐ。もちろん最後の一滴まで。
「あの、勘違いしないでね。男にフラれた代わりに硝子を飲みに誘ってるわけじゃないから」
「大丈夫。それは分かってるよ」
 硝子は鮭の塩麹漬けを食べて、グラスの日本酒を飲む。お気に召したらしく、メニューを見て日本酒の銘柄をチェックしていた。

 相手は半年前に任務で知り合った一般人だった。元同僚に逆恨みされて呪詛されていたのを助けたのがきっかけだ。彼もお酒が好きらしく、意気投合して連絡先を交換した。任務の合間を縫って飲みに行ったし、正式にお付き合いすることになってからは私の出張に合わせて地方の酒蔵見学なんかもした。結構良い雰囲気だったんだけど、先週のデートでフラれてしまった。
「で、なんでフラれたの? 大体予想はつくけど」
「んー、なんかいろんなことをふにゃふにゃ言ってたけど、要約すると私の方が酒に強くて男としてのプライドが傷付いたんだって」
「じゃあ最初から梓紗と付き合わなきゃいいのに」
 硝子は通りすがりの店員さんを呼び止めて、さっき私があげたのと同じ日本酒とツマミをいくつか注文する。ついでに私もウィスキーを注文した。

 私は酒に強い。厳密に言うと、術式の副次効果でアルコールの分解が人よりも早かった。だから全然酔わない。酒好きな私にとっては最高の術式なんだけど、男性からは引かれてしまうことが多かった。それはそう。私が逆の立場だったら、一晩で日本酒一升空けるようなうわばみ女はお断りだ。
 でも彼はそうじゃなかった。私自身が飲む量をセーブしてたのもあるけど、私の酒飲みエピソードを聞いても引かなかった。それどころか共感してくれた。だから付き合ったんだけど……
「私も油断して相手のペースを考えずに飲んで潰しちゃったんだよね」
 それなりの付き合いになって気が緩んだんだと思う。それにこの前は任務終わりに会ったから疲れてた。だからつい、いつもみたいにハイペースで飲んでしまった。それが彼の変なスイッチを入れてしまったみたいで、対抗するみたいに飲みだした。いくら酒が強いと言っても、術式でブーストのかかった私のアルコール代謝能力には適うはずもなく、彼は潰れてしまった。どうも人前で潰れたのは初めてだったようで、相当にショックを受けたらしい。それで別れてほしいと言われてしまった。
「そんなの梓紗と張り合う相手が馬鹿だろ。子どもじゃないんだから」
「それはそう」
 硝子と私で梅水晶を食べながら頷き合う。爽やかな梅の酸味と小気味良い歯ごたえの軟骨が嫌な気分を吹き飛ばしてくれた。我ながら単純だなと思うけど、得な性格だとも思う。

「結局梓紗って彼氏欲しいの?」
「え、欲しいよ。なに急に」
「そんなに落ち込んでないから、彼氏っていう存在自体に興味ないのかと思ったんだけど」
「興味なかったら付き合わないでしょ」
「でも悲しむほどの愛着も持ってないじゃん」
「うーん。矛盾してるようだけど、どっかで諦めてたのかもしれない。私ばっかり合わせてるなーって思うこともあったからさ」
 タイミングよく注文したお酒とツマミが届いた。早速一口いただく。ウィスキーの強いアルコールが喉を焼いた。
「そもそも、梓紗の好みのタイプってどんなやつ?」
「好みのタイプ聞かれたの、東堂くん以来なんだけど」
「え、彼、アンタにも聞いてんの?」
「東堂くんが入学する前の時の話ね。さすがにそれは無礼だぞって叱ったよ。その後の組手で返り討ちにされたけど」
「だっさ」
 硝子は愉快そうに笑って、日本酒を飲んだ。

 私もウィスキーを飲みながら好みのタイプについて考えてみた。まずはテレビでよく見かけるような芸能人を思い浮かべてみる。どうにもピンとこない。次に身近な男性陣を順番に思い浮かべてみる。呪術師、補助監督、窓、エトセトラエトセトラ……
「……ん?」
 ある人を思い浮かべた時に、これまで薄らぼんやりとしてた「好みのタイプ」の輪郭がはっきりとした。少女漫画の世界みたいに別次元のものとして妄想を楽しんでいた「理想のお出かけ」も、よりリアルに想像できる。思ったより悪くない。それどころか結構良いかも。
「誰か思い当たるやつでもいた?」
 そんな私の頭の中は硝子に筒抜けだったみたいだ。硝子の口元が意地悪な三日月型になっている。
「いたよ」
「誰? 私の知ってる人?」
「そう」
「案外照れないんだな」
「だって推し俳優とかアイドル的なアレだし、結局名前言わされるんだから隠す意味なくない?」
「それもそうだな」
 で、誰なんだよ、と硝子は回答を急かす。私はウィスキーを呷って答えた。

日車さん。
五条かな。

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