ぜーんぶお酒のせい! - 3/3

五条の場合

「五条かな」
「あー、アンタ、昔っから五条の顔だけは好きだったもんな」
「顔だけじゃないよ。スタイルも好き。五条のビジュアルは七難どころか百難隠すから」
「はいはい」
 硝子はしらーっとした表情で日本酒を手酌する。自分で始めた話題なのに興味なさそう。
 硝子は昔からそうだった。興味ないのに私に恋バナ振ってきて、つまらなさそうに話を聞く。でも聞いてないようでちゃんと話は聞いてくれてて、ヤバいときは良い感じのアドバイスをくれる。もう少しキャッキャと盛り上がりたい気もするけど、最近はこのくらいで丁度いいと思う。

「好みのタイプに五条を挙げるわりには付き合おうとは思わないんだな」
「んー……」
 鶏ももを咀嚼しながら思わず渋い顔をしてしまった。
「逆にセフレならいける」
「なんだそれ」
「要するに、ちょっと遊ぶくらいがちょうどいいってことよ。真剣に付き合うにはクズ過ぎる」
「五条のビジュアルは百難隠すんじゃなかったのか?」
「百難隠しても二百難あったら差し引き百難だよ」
 タンブラーに残ったウィスキーを飲み干して、追加の酒を物色する。チェイサーにレモンサワーを投入するか? いや、日本酒おかわりでしょ。……やっぱりレモンサワーにしとこうかな。レモンサワーの相方だったらやっぱり揚げ物でしょ。私は店員さんを呼んでレモンサワーとタコの唐揚げを注文する。硝子も焼酎を頼んだ。

「まだ序盤なのにチェイサー? 梓紗、もしかして体調悪い?」
 店員さんがいなくなってから硝子が小声で私に問いかける。
「いや、元気だよ。タコの唐揚げが食べたくてさ。そしたらやっぱり相方はレモンサワーじゃん?」
「そういうことならいいんだけど」
 硝子の顔に、まさか私に嘘吐いてないよな、って書いてある。順序が逆なだけで嘘は吐いてない。そう自分に言い聞かせる。だけど硝子に無言で見つめられると駄目だった。
「ごめん。やっぱり振られたの引きずってる」
「話なら聞くよ。そもそもそのつもりで飲みに来たんだから」
「硝子サン優しい……」
「そういうのいいから。ほら、さっさと話しちゃいな」

 硝子に促されてネガティブな気持ちを打ち明ける。振られたのは悲しい。でも話しているうちにだんだんムカムカしてきた。恋の魔法が解けると良い印象だった発言も反転する。
「うるさいのよ。何かにつけて女の子なんだから、とか言っちゃって!」
「げ。そういうのは呪術師で間に合ってんだけど」
「それ! でも最初はそうでもなかったんだよ? それがいつの間にかそういう思想出してきて! マジであの手の男ってクソ!」
 硝子が適度に良い感じの相槌を打ってくれるのもあって、次から次へと悪口が出てくる。ついでに酒も進む。術式ブーストがあっても酔わないわけじゃない。気付けばすっかりでき上がっていた。
「はぁー、でもやっぱり彼氏欲しい! 仕事辞めろとか言わなくて、大事にしてくれて、尽くしてくれて、レスにならない彼氏がほしい!」
「レスだったのか」
「向こうが私の体力についてこられなかった。いつも激務自慢してくるくせに」
「ははっ。なにそれウケる」
「だっさいよねー。ガチ戦闘員なめんな」

「たとえばだけど、もし五条が梓紗の言う条件を満たしてたら付き合うの?」
「は?」
 酔っ払ってるせいか硝子が何を言ってるのか分からなかった。いや、酔ってなくても分からなかったかも。
「仕事辞めろって言わなくて、アンタのことを大事にして尽くしてくれて、レスにならなければ五条は彼氏になれるのか、って聞いてんの」
 二回目でようやく理解できた。理解はできたけど、あまりにもあり得ない「もし」に渋い顔をしてしまう。
「いやー、それはないでしょ。そもそも成立しなくない? 五条、私のこと非公式マスコットだと思ってんじゃん」
「非公式マスコットって何だよ」
「ネットで話題になる系の尖ったマスコットいるじゃん。自治体から『非公式ですから』って声明出されるタイプの」
「それはよく分からないな」
「残念……硝子なら分かってくれると思ったのに」
「話を戻すけど、どうなんだよ。五条の百難が消え去ったら付き合うの?」
「えー、どうだろうな……」

 タンブラーについた水滴を指で拭いながら、硝子の言うか「もし」を想像してみる。
 たぶん仕事を辞めろとは言わないだろうな。レスになるかどうかは未知数。そもそも時間が合わなくないか? 一番想像つかないのは五条が尽くしてくるってところ。もはやワンシーンすら浮かばない。浮かばないけど――
「ナシじゃない」
「その心は?」
「好みどストレートのビジュアルの男にちやほやされたい」
「欲望に忠実すぎだろ」
「いいじゃん。『もし』なんだし。正直、全ッ然想像できないけど」
 硝子は何とも形容し難い表情で、そうか、って呟いた。どうしたんだろう。なんかあるのかな。
「お待たせしましたー! 砂肝炒めです」
 そんなちょっとした違和感など、待ちに待ったツマミの前では無力なもので、すぐにどこかへ吹き飛んでいった。

* * *

 飲み過ぎたせいで変な夢をみた。
 硝子と飲んでたらお店に元カレが迎えにきた。無視してたら無理やり背負われて店から連れ出されてタクシーに押し込められる。文句を言おうと思ったら、元カレの姿が五条に変わった。
 五条は一緒に後部座席に乗り込んで私の肩を抱いてきた。しかもなぜかめっちゃ頭を撫でてくる。その手がすごく気持ち良い。夢の中の私は五条に体を擦り寄せた。見かけによらず逞しい腕の感触が妙にリアルで、ドキドキっていうか……ムラっとした。

 夢の中だからか家に着くのも一瞬だった。着いたのは私のアパートじゃなくてピカピカのマンション。五条におんぶされて、馬鹿みたいに部屋に連れてかれる。そしてベッドかよってくらい大きなソファーに座らされる。
「……眠い」
「顔真っ赤じゃん。どんだけ飲んだんだよ」
「ちょっとだけだよ」
「もっと具体的に」
「ウィスキーと焼酎と日本酒と――」
「それは『ちょっと』とは言わないんだよ」
 酒飲みはいやだねぇ、なんて言いながら五条は持っていた私のカバンをソファ脇のスツールに置いた。そして私の隣に座る。

 人目がないからか、五条は私の腰に手を回してきた。
「眠い……」
 隣の五条が自分の膝をぽんぽん、と叩いてみせる。要求されるがまま、私は五条の膝を借りて横になった。五条の膝枕は私には少し高くて寝づらい。横向きになってギリ丁度いい判定できるくらい。
「たまには僕ともお喋りしてよ」
「やだ」
「そう言わずにさ。今ならちやほやしてあげるよ?」
「ちやほや?」
 都合の良い単語が聞こえてきて視線を上げる。
 百難隠す最高のビジュアルの男が愛おしそうに私を見つめていた。硝子とあんな話をしたからなんだろうか。夢とはいえ都合が良すぎる。

「聞いたよ。もし僕が梓紗に尽くすなら僕の彼女になってくれるんだって?」
「んー……」
 五条の手が私の手に重ねられる。すりすりと親指で掌を撫でられた。またもやムラっとする。欲求不満か。
「オマエは真面目にとりあってくれないけどさ、僕、梓紗のことマジで好きなんだよ」
 五条の声が震えてる気がする。
「梓紗のこと大事にするし、嫌っていうほど愛してやるよ。だから、僕を選んで」
「それは、縛り? それともマニフェスト?」
 夢の中でもそんなことを気にするとか、私ってどこまでいっても呪術師なんだな。五条も苦笑いしてる。
「マニフェストだよ。清き一票をどうぞよろしくお願いしますってね」
「じゃあ投票日は一週間後ね。おやすみ」
「は? 梓紗?」
 五条の、寝るなとか、起きろーって声がどんどん遠ざかっていく。
 私の意識はさらに深い深い眠りの底へと落ちていった。

* * *

 お出汁のいい香りがした。
 布団の中で伸びをして上体を起こす。
「は?」
 目の前に広がっている光景は何一つ見覚えのないものだった。布団も部屋も、私のでもなければ硝子のでもない。まして高専の寮でもない。でも一番怖いのは記憶がないことだ。そんなこと今までなかったのに。服はちゃんと昨日の服を着てるから公然わいせつにあたることはしてないっぽい。問題は酔った私が誰かの家に不法侵入してる場合だ。そっちはやばすぎる。こんなくだらないことで捕まりたくない。

 音を立てないようにゆっくりとベッドから立ち上がり、部屋のドアを開ける。そこはモデルルームみたいな居間だった。全身から冷や汗が噴き出す。想定してたのとは別ベクトルの問題が起きてるっぽい。
 だってこの部屋には見覚えがある。
「あ、起きた?」
 一番聞きたくない声がした。
 声のした方にゆっくりと顔を向ける。そこには五条が立っていた。テレビCMでしか見たことがないシックなアイランドキッチンで、なぜか可愛いエプロンを着けて五条が料理をしている。お出汁の香りの発生源はどうやらここだったらしい。
「食欲ある?」
「あ、あるけど……」
「じゃあ先にシャワーでも浴びてきな。化粧したままだと気持ち悪いでしょ。化粧落としは買ってあるから。テーブルの上のビニールの中ね」
「ちょ、ちょっと待って。理解が追いつかない」
 恐る恐るソファ脇を確認する。やっぱりソファ脇のスツールに私のカバンが置いてあった。ということは、私が夢だと思っていたのは夢ではなく現実だったってこと。つまり、五条におぶわれて五条の家に来て、五条に膝枕をしてもらいながらとんでもねぇ告白をされたのはマジの話ってことになる。

 そんなの信じられるか。
「一応聞くけど、もしかして私、昨日五条に膝枕してもらった?」
「したよ。もう、梓紗ってば大胆なんだからぁ」
 エプロン姿の五条はわざとらしくキャッキャとはしゃいでいた。
「硝子め……」
 五条の本心を知っててあんな質問したな。その上で五条を召喚したな。してやられた。
 その瞬間、私の腹の虫が盛大に鳴る。咄嗟に自分の腹をグーで殴った。本当に最悪。
「ははっ! 全然食欲あるじゃん。普通のメニューで大丈夫そうだね。和食にする? それとも朝は洋食派?」
 五条はめちゃくちゃご機嫌だった。鼻歌を歌いながら冷蔵庫から食材を取り出している。

「あの、さ。これって――」
「もちろん、オマエを落としにかかってるよ」
 五条は顔を上げてじっと私を見つめた。さっきの悪ふざけモードから一転、シリアスモードだ。でもなんていうか……私の知ってる五条の表情じゃない。どきどきする。
「僕はオマエの元彼よりもずっと長くオマエのことを想ってきたんだ。こんなチャンス、みすみす逃すわけにはいかないだろ」
「……まーじかー」
「そうそう、膝枕とちょっと腰を抱いた以外はオマエになにもしてないから」
「あ、はい」
「梓紗を大事にするし、嫌っていうほど愛してやるって言ったからね。梓紗が求めるまでは僕からはしないよ」
「あ、ありがとう、ございます」
「それだけ本気ってことだから。オマエも覚悟しといて」

 ヤバい。どうしよう。すごく、どきどきする。っていうか、むしろズギュンって感じ。それを悟られたくなくて、思わず目を逸らしてしまった。
 私は誤魔化すようにテーブルの上に置いてある化粧落としを引っ掴む。
「シャワー、借りるね。化粧落とし、ありがとう」
「飯は? どうする?」
「えっと、そしたら……和食で、お願いします」
「オッケー。僕の手料理、楽しみにしといてよ」
 私は逃げるように居間を出た。
 扉を閉めたところで、へなへなと床に座り込む。高純度のときめきを摂取して死ぬかと思った。
「これ、完全に私の負け戦じゃん……」
 だってもう五条にときめいてるんだもの。陥落するのも時間の問題だ。

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