その日、虎杖は勇気をもってデパートの化粧品売り場に足を踏み入れた。
異様に明るい照明に、華やかなカウンター。どう考えても場違いで、さすがの虎杖も委縮してしまう。
『誕生日プレゼントならデパコス一択ね』
虎杖の頭の中で野薔薇の声がリフレインする。
――一緒に来てもらえばよかった。
っていうか、なんでわざわざデパートに来ちゃったんだよ。ネット通販なら釘崎にも相談できたのに。ああもうやっちまった。
今週末は大好きなあの子の誕生日。運良く二人とも任務が入らなかったので、二人でデートに行くことになった。誕生日デートなら当然プレゼントが必要である。せっかくだから事前に用意してサプライズで渡したい。虎杖はそう考えた。
が、彼には女子の喜ぶプレゼントなんて皆目見当がつかなかった。初めての彼女の初めてのお誕生日デート。絶対に負けられない戦いがそこにあった。虎杖は野薔薇に頼み込んでアドバイスをもらうことにしたのである。彼女にバレないよう、集合場所は都心のカフェ。もちろん虎杖の奢りである。
「誕生日プレゼントならデパコス一択ね」
「デパ、コス……?」
「デパートで売ってるコスメ、略してデパコス。このくらい覚えときなさいよ」
「ハイ」
野薔薇は虎杖に何件か画面ショットを送った。ピンクとレースとキラキラが満載のいかにも女の子らしいコスメの写真がずらりと並ぶ。
「デパコスでもリップバームなら使いやすいんじゃない? 一枚目のがあれば絶対にそれがいい。今しか売ってない限定品だから」
「んー、でもちょっと可愛すぎねぇ? もうちょっとクールな感じだから、かっこいい系の方が使いやすい気ィすんだけど」
彼女は女の子にしては背が高い。キリリとした眉毛に骨格のはっきりした顔立ちで、どちらかというと王子様系の雰囲気の子だ。負けず嫌いで、体を動かすことやアクション映画が大好き。可愛いものとは無縁そうな彼女と、目の前の写真とはどうしても結びつかなかった。
「はぁ……」
野薔薇は心底呆れたような顔をして虎杖を見る。
「虎杖、アンタには失望した」
「ええ!? なんで?」
「あの子のペンケース、どんなんだったか覚えてる? スマホリングとかちゃんと見たことある?」
「チョコレートみたいなやつだろ?」
彼女のペンケースは板チョコが全面にプリントされているものだった。スマホリングも同じくチョコレートがモチーフになっていた。妙に可愛い小物だったから虎杖もよく覚えている。
「あれ、全部貰い物って聞いたけどなぁ。使わないのはもったいないから使ってるって」
「全く分かってない。あの子の部屋、可愛いもので溢れてたじゃない。好きじゃなかったらあんなに集めないわよ」
――言われてみれば。
虎杖は自分の記憶を遡る。
そういえば部屋に遊びに行ったとき、置いてある小物が可愛かったような気がする。モノクロで統一されてたけど、影絵風だったり花模様だったりで女の子らしいなぁと思った覚えがある。それにデートの時もいかにも女の子らしい洋服が並んでる店を目で追いかけていたような……
「確かに」
「本人も可愛いもの好きって言ってたしね」
「はぁ? それ先に言ってよ」
「そっちが先にかっこいい系の方がいいんじゃないかって言ったんだろうが」
私のせいにすんな、と野薔薇は小さく切ったチーズケーキを口に入れた。
「気にしてんのよ。可愛いもの好きって分かったら笑われるんじゃないかって」
どうやら彼女は相当にメルヘンなものが好きらしかった。変身ヒロインに憧れていて、彼女たちみたいに制服をメルヘンっぽくカスタムして可愛い髪型で任務に行きたいとも思っているとか。が、現実はアニメのようにはいかない。制服のスカートですら彼女には動きづらく感じられて、結局男子二人と同じスラックスに変更した。すると次は長い髪が気になった。結果、今のイケメン女子が出来上がったのである。
一度スタイルが固まると、そこから抜け出すのは容易ではない。ましてやそのスタイルが周囲に好評で、しかも自分が好きなものが一般的には幼いとされるものであれば尚更だ。
「釘崎、マジで助かったわ。ありがとう」
「あの子のためだから勘違いすんなよ」
「分かってるよ。じゃあ、俺ちょっと行ってくる」
虎杖は意気揚々と店を後にした。
「う、わ……」
野薔薇イチオシの店はフロアの中でも一際ファンシーな雰囲気の店だった。シャンデリアの下には淡いピンクとアイボリーで構成された猫脚の棚。そこに並ぶ化粧品も軒並みキラキラしている。
お目当てのものは店の一番目立つところに置いてあった。ピンクゴールドのボディに小さなストーンがはめ込まれていて、まさに変身アイテムそのものだ。虎杖は彼女がそれを持っている姿を想像してみた。上品なピンクゴールドが彼女のクールな雰囲気と良く似合っていて大人っぽく見える気がした。
「お探し物ですか?」
「これ、彼女のプレゼント用に買いたいんですけど」
虎杖は嬉しそうに店員に告げた。
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